帰国時に風邪をひいていたことも手伝って、1週間程日本に帰ってきたというのに気分は晴れずブルーな気分に浸っていた。
今はさすがに慣れたというか落ち着いたけれど。
L.A.を発つ前日は、L.A.に似合わぬ大雨。
雨に弱い地であるから、道路はすぐに川の様な流れになっていた。
最終日のホテルは、ビバリーヒルズのビバリーセンター(巨大ショッピングセンター)裏にある高級ホテル“ソフィテル”がNET価格で安く予約でき、最終日にふさわしいステイ。外観から一度は泊まってみたいと思っていたからラッキーである。
出発当日、どんより雲はそのままであったけど、雨はあがっていた。タクシーから眺めるLAX空港は最後とあってか、いつもよりも重たく虚ろに映った。
昼に夜にとここへは何度来たことだろう・・・。
最初にL.A.に訪れた時は目もくらむような青空が広がっていて、レンタカーで通り過ぎるいくつもの椰子の木の下から望む空がきれいだったことを思い出す。
受付カウンターではスーツケース大2つ、小2つ、手荷物ボストン等4つと、持ち込み可能ギリギリにしたけれど、主人のスーツケースは40kgを超え、重すぎで中身を分けさせられていた。
予想通り、離れるんだと思うほどに心は重く、友人の見送りを全て断ったことは正解だったのかもしれない。
日本へ帰国するかも知れないという段階から、このL.A.の地から足を離してはいけない気がしていて、ずっと飛行機の移動はアメリカ国内も避けていたけれど、いよいよであった。
飛行機は1時間くらい遅れての出発。
滑走路から飛びだった、つまりL.A.から離れてしまった瞬間を私は今でも忘れることができない。一生生活する地だとは思っていなかったが、私にとっては早すぎたと感じずにはいられないから。
帰国後、家庭教師だったSharonからメール「あなたが飛び発ったあの日、私は空に向かって手を振ってあなたを見送っていたわ。」
彼女がそうしてくれるような人であることは、もう十分過ぎるほど分かっていただけに、そのシルエットが想像できて泣けた。
メールの中で最後に彼女は彼女自身へ書いていたが、私にも大きな意味を持つものをくれた。
それは、
“Life is change”
という言葉だった。
※LALALA L.A.を読んでくださった皆様に感謝いたします。
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